NY timesが総力取材で知った川久保玲の「デザインの源」Is Rei Kawakubo like Mona Lisa?

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■川久保玲は、聴衆に理解されるコレクションを嫌う深いベールに包まれたモナ・リザ■

根本的な疑問として、川久保玲氏はなんで80年代以降、ずっとカルト的な人気を持っているのか?日本の服オタの間では昔はよかったのに・・・といった賛否両論がありますが、海外では相変わらず謎めいて神秘的な存在として認知されています。彼女の奇抜だと思われるデザインは、そもそもどこから得られるのか?を追っているジャーナリストも多いようです。そこをNY timesが取材しました。

コムデギャルソンのトップ川久保玲氏のCFDA国際賞受賞に際して、海外のウェブサイトで特集を組んでおりますが、皆このNY times専属のファッションエディターCathy Horynの考察を中心に書かれています。なので、今回はそれを取り上げてみます。この記事は、ものすごく長く難しいのですが、簡単に言うと川久保玲の今日までのデザインの手法、センスの源は何なのか?若い時の彼女はいったい?やはり彼女の日々の生活はエキセントリックなのか・・・?

川久保玲の語られないことを、改めて強力取材をした結果、Cathy Horyn達が理解した点があります。さらに、E-mailを通じて得た川久保玲からの回答が記されています。
行き着いた先は「彼女はやっぱり深いベールに包まれたモナ・リザなんじゃあないか?」と。
いやいや、モナ・リザは荒木飛呂彦氏ですぜ・・・・、という冗談はやめておいて(笑)、その考えを簡単にまとめることにしましょう。


原文:Like Mona Lisa, Ever So Veiled

◎川久保玲CFDA国際賞受賞と2012-2013A/Wについて

そもそも、川久保玲CFDA国際賞受賞を取ったことと、パリコレクション2012-2013A/Wが注目されて1組になっています。
2012-2013A/Wパリコレクションを通して(詳しい内容は割愛しますが)、ほとんど既存のファッションを否定するかのような内容だったと紹介されています。

コムデギャルソン パリコレクション2012-2013A/W

このコレクションに参加して観たファッションエディター達は、すぐに反応。ある意味馬鹿げた衣装だと若干笑っていた人もいたとか。しかしながら、徐々に稀有な存在であるコレクションに立ち会えたことを喜ぶ結果となったそうです。

◎川久保玲はまるでモナ・リザ?

もしカール・ラガーフェルドがファッションのアーティストとして語るなら、川久保玲はモナ・リザになると説明しています。

というのは、Cathy Horynいわく、「彼女はコレクションなどについて語らない。70歳の小さな彼女は、舞台裏で賞賛されていることを、頷きながら把握しつつも黒いコットンジャケットとサングラスを着用して表には出てこない・・・。 まさにベールに包まれただけですよね。
アズディンアライアを例外として、 ファッションデザイナーというものをあえて実践しない姿勢に、同業者から高い尊敬の念を受けている。また、オリジナリティ溢れるコレクションを出しては人々の心に安定をもたらさない魅力がある。」ことだと。

ただこれだけでは、モナ・リザにつながるのはちょっと分かりづらい。
川久保玲を尊敬するアンダーカバーの高橋盾は「川久保玲氏はすべてを行なっている」と言っています。
NY timesではさらに彼女の謎めいた行動の説明は続きます。

CFDA国際賞を受賞することになった川久保玲氏は、授賞式に参加しないということです。それは、スリルにも似た緊張感が授賞式の会場となるリンカーン・センターが走ることになるでしょう、と書かれています。挑戦的ではありますよね。
川久保玲氏は、こういう一般的には理解しづらいことをする。公の場に出てこないこないことを貫く。コレクションでもすぐステージにあがれるのに、もう何年もステージに顔を出していないことを指摘されています。

川久保玲の夫であり、スポークスマンであるAdrian Joffeいわく、川久保玲は何か答えを求めていないし、従来型の回答すらしない人物だと説明しています。
30年前、パリコレクションで「デストロイ」と呼ばれたランウェイショーを行なってから、物議を醸し、衝撃を与え続けていますが、彼女はアーティストではないし、彼女自身もそう思っていません。彼女は、流行をはるかに超越した重大を考えを促進させたわけですと、Adrian Joffe。

◎過去:川久保玲の若かりし頃のデザイン手法を探っても無駄だった

(“I was never interested in any movement as such”「どんなムーブメントも興味がない」)とする川久保玲。彼女の仕事が成熟していけばいくほど立ち位置が曖昧になっていきます。フェミニストでもない、男性と女性を分けることに関心がない、興味が無い。どっちを向いているのかわからない・・・。
誰も川久保玲の70年代、80年代の精神(黒の衝撃など)、センスを保持してきたかをうまく説明できる人はいない。
15年近く川久保玲を知るAdrian Joffeが、「彼女の過去について聞いたこともないし聞いてみたこともない。彼女の若かりし頃は、皆水遊びしていたでしょうと。

◎現在:川久保玲の作品と彼女の普通の生活への疑問

著者は、川久保玲氏が変わったコレクションを提供するヒントは日々の生活にあるのだろうと、過去のジャーナリスト達に対する彼女のコメントや、著者自身も探りを入れようとしますが、分かったことは東京で普通に暮らしているということだけ。アートディレクターのRonnie Newhouseは、彼女は貪欲ではないと著者に語ったそうです。
かつて、川久保玲氏は普通のライフスタイルを送っていることに対して疑問に思うジャーナリスト達に「普通に暮らしている人は狂気染みた仕事がないと言いたいのですか?」と、逆説的な返しをしたそうです。

それでもCathy Horynは、川久保玲という存在のこれまでの作品を調べた上で、 彼女のデザイン手法の源泉について質問をしてみました。その後、E-mailで川久保玲氏から回答が帰ってきました。Cathy Horynは受け取って結論を出しています。
川久保玲のデザインの源泉は、自分たちがあれこれ書くよりも、Eメールの川久保玲の言葉をそのまま記載したほうがいいことを知ったのです。それが以下。

◎川久保玲からの返信全文


『私のデザインプロセスは始まりもなければ終わりもないです。いつも生活の中の些細なことから何かを得ることを望んでいます。私はデスクワークをしませんし、コレクションのためにスタートを切るというポイントをつくりません。これは決してムードボードがあるわけではないし、生地の見本も見ない、スケッチもしない、閃く瞬間もない・・・何か新しいものを探すのに終わりはないのです。

普通の生活をする中で、私は「考えること」のクリック、スタートのきっかけを望みます。そして、次の段階として全く無関係なものがイメージとして発生します。さらに次の段階、恐らく3番めの無関係な要素がどこからともなくイメージとして来るんだと思うんです。

多くの場合、各コレクションでは3粒、あるいはもっと多くの種子が偶然に形成され、最後のプロダクトとして生まれるんです。しかし、それは私にとって永久に終わることない作業なんです。
だから、明らかなことは、自分は仕事をしているということを考えた瞬間は一度もありません。
というのは、一瞬でも作品が完成した、終わった、と思ってしまったら次のコトができなくなるからです。

(川久保玲のクリエーションは)しばしば、要素どうしは「時間」と「次元」で完全に分離されます。

1】情動
2】パターン
3】どこかで見たことがある写真、絵。

この3つが、いつのもので、どこから来たのか、どうして一緒になったのかは私にもわかりません。ただ、自分のシナジーと変化を信頼します。例えば、2012-2013A/Wパリコレクションでは、自分の考えとして「デザインしないことがデザイン」だと思っていたのです。それは普通の生地で行うのが強く表現できる。なんとかして、これで自分の思考の二次元のレベルは明白になりました。

皆に受け入れられる、分かりやすすぎるコレクションでは、私は幸せにはなりません。私にとって、 ホワイトドラマ(2012S/S)はあまりに理解しやすいもので、コンセプトがはっきりしすぎていた。だから、私は2012-2013A/Wのほうが良いと思っています。なぜなら分かりやすくないからです。なぜなら分かりやすくないからです、・・・例えば(レビューされている)インターネットの時代とか。全く関係のない仮定を立てられていることも良いのです。

新しいものを見つける努力は、時間と経験でますます困難になっていくのです。したがって、2012-2013A/Wは自分の感情をコレクションに入れないで作ることにしました。』


以上。

デザインの源がこの1文に書かれています。それは何かというと、日々の些細なことと、散らばっている点と点を彼女の中で結んだ結果。

【最後に】

2012S/S(ホワイトドラマ)を否定するのはなかなかですよ。だって、パリでかなり大掛かりな展示会開かれているんですよ。キュレーターのオリビエ・サイヤール氏が、ホワイトドラマは人生を表現している、川久保玲の作品はパリのオートクチュールを越えたコンテンポラリーテイクである、と賞賛していたんだけど・・・。まあ、そこが川久保玲氏の魅力と取るべきなのでしょうか。

全部「曖昧」にして、コレクションを重ねるごとに曖昧さは増していく。調べれば調べるほど立ち位置がわからなくなる。これが「モナ・リザの微笑み」のようなものだと表現しているのかな、と僕は今考えています。ベールに包まれているのは、川久保玲本人と、提案するデザインソース。

あるいは、皆がコレクションを見ていろいろ考えたり批評をする。それは、川久保玲の考えとは別に1人歩きしていく。それに、微笑を浮かべる。それも含めてモナ・リザなのかな?と勝手な深読み。

僕の場合、川久保玲を賛嘆することも叩くこともしないことがベストだと思っているので、淡々とかかせて頂きました。間違いがあったらすいません。いつも言っていることですが、私は川久保玲氏は、最強のビジネスウーマンだと思っています。そして、普段着る服としては好きでございます。

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