アメカジの代表ネルシャツは、スコットランドのフランネルから来た

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■17世紀のスコットランドハイランド地方発祥 アメリカに渡ったのは19世紀■

ツイードについての歴史をご紹介しましたが、同じ紡毛でツイードにとっては弟にあたる感じでしょうか、フランネルの登場です。フランネルはフラノ、ネルともいいますが、フランネルで通したいと思います。フラノのほうが、厚手のほうです。スーツに使われたりします。ネルはネルシャツですよね。
日本では、あとで説明する梳毛が一般的。梳毛フラノ(ウールステッドフランネル)とも言います。似たような起毛ウールにサキソニーとメルトンがあるが、その中間的なイメージと定義されています。

 

 

■フランネルに関する誤解

フランネルは、17世紀スコットランドハイランド地方で農家達が着用していました。18世紀という話もありますが、どうやら17世紀が正しいようです。
フランネルは、土地の特性上極寒であるハイランドで身を守るために適しているため。保温性が高い。「フランネル」という言葉は、パターンに対して実際「生地」として扱うのですがしかし、今日の「フランネル」という言葉は、互換的に格子縞かタータンとして使われている傾向があるようです。ネルシャツの影響なんですかね?ネルシャツといえばチェックだからみたいな・・・?

ではフランネル生地とは何か?

フランネルは柔らかく軽い毛織物のこと。略してネルともいう。経糸(たていと)と緯糸(よこいと)を交互に織る平織りや2-3本おきに交互に織られる綾織りがある。無地だけでなく、様々な模様が施される。フランネルは当初カーディングが施されたウールまたはウーステッド糸から作られたが、現在ではウールと綿、ウールと合成繊維から作られることもある。イギリスのフランネルは平織りで毛羽が軽く、一方ドイツのそれは綾織りで毛羽が多い。柔軟で弾力性・保温性に優れスーツ、シャツなどに用いられる。

出典:フランネル – Wikipedia
補足】綾織とは、縦糸と横糸が交互ではなく、一度交差したあと一本飛ばしに編み込まれること。平織とは、横糸と縦糸が1×1でクロス織(平織)になっていること。

保温性の高い生地は、シャツ、スカート、ベッド、パジャマなどいたるところで見られますが、有名になるまでの遠い道のりは、控えめな登場でした。

■フランネルの始まりは17世紀から

フランネルの最初のオリジナルは、紡毛(毛のかたまりから繊維をかきだしたもの(長めの上質の羊毛繊維を主体とした糸。糸の太さが均一でスラリとしている)か、梳毛(粗雑で短い羊毛繊維を主体とした糸。太さが均一でなく少し甘い)から出来ていました。
しかし、スコットランドのバックグラウンドがないにも関わらず、スコットランドの至る所で作られているということが判明。
梳綿は、採取した繊維を櫛で均して、繊維方向が揃った綿状の塊にする作業で、カーディングともいいます。異種あるいは異色の繊維を混合するのにも使える。梳綿の目的は繊維を薄く均一にならすことにあり手作業と機械があります。

最終的に梳綿の代わりとして、生地の織物を継続することに関してトウ紡績(細長い糸を極めて多数引き揃えて束にしたものをトウという。トウの太さは4,500-9,000デニールくらいある。この太いトウから糸をつくること)と呼ばれる方式が一番合っていました。梳毛は、またウール(羊毛)から出来ているわけであるにも関わらず、紡毛ではなかった。
代わりに、織り糸は洗われ、磨かれ、均して、熱せられた 長い金属製の櫛を使ってそろえられて、紡毛の感触に近いようにさせました。

フランネルの評判は拡がっていき、17世紀後半に伝えられ、18世紀に入り遅れてドイツにも採用されます。このようにしてヨーロッパ中でフランネルは繁栄を迎えます。 この保温性のある生地の使用人口は、産業革命に支えられて増加。ウェールズでの梳綿(マシンカーディング:紡績用カード機のことで、とりわけウェールズのフランネル工業に多用された)が大部分を占めていた。以下、マシンカーディングの様子。

 

 

 

■19世紀 アメリカでフランネルが拡大した背景

 

アメリカにとっても、フランネルはクラシックな生地としてなくてはならない存在。しかし、カーハートの創業者、ハミルトンカーハートが起業して自分の手でフランネルの製造をはじめて人気を博す19世紀まで後になるんです。結構後発なんです。
この時代、アメリカは鉄道工事の急速拡大の時期で、労働者達が当時着用していたワークウェアが長時間働くのに不快な状態だった。

ハミルトンカーハートは、その当時観察力の鋭い企業家となっていました。というのも、彼は、アメリカ国内のいたるところで鉄道工事の労働者にインタビュー行い、記してきた。そこには、労働者達の苦しい経験と救済策を欲している思いが彼らの心にあること、という事実でした。それが把握できた後、すぐにハミルトンカーハートは労働者達のためにデザインをし、労働者達に人気があると分かったオーバーオールを製造。それに続いて、今アイコニックとなっているフランネルが誕生します。これは、今のカーハートでもBorg Shirtとして製造されています。

■鉄道工事の労働者の服は、アウトドア、ラギッドの民族伝承の存在となっていく

20世紀に入っても、フランネル生地を使った商品は繁栄を維持しました。特に保温性がありラギッドルックとしてアウトドアワーカーの間で人気になります。このアウトドアワーカーのイメージが、北アメリカのフォークロア調(民族伝承)としてキャプチャーされました。Paul Bunyanなどはその象徴。

アメリカが世界恐慌の中、フランネルはラルフローレンのようなファッショナブルなブランドが、フランネルとアウトドアに沿った広告としてピックアップしても、フランネルはアウトドアワーカーと関連している存在でした。オーセンティックなイメージが強いんですね。

もちろん、ペンドルトン、エル・エル・ビーン、そしてウールリッチといった、アメリカのクラシックアウトドアブランドでは、アウトドアワーカーをルーツとしたフランネルシャツを貫いてつくりつづけました。

 

 

■ストリートファッションとして人気を博す80年代から90年代

 

80年代から90年代のグランジバンド「ニルヴァーナ」によって、フランネルシャツの人気はピークを迎えます。彼らのファッションは当時、カラ元気に世の中の表だけを支配していたポップなカラーのファッションに反抗して、ボロボロのフランネルシャツを着用。中にTシャツを裏返し、古着を着たり、クラッシュジーンズ、大人から見たら汚らしい格好をすることで主張してきました。これがグランジファッションとして人気になります。

そして、日本でも90年代流行った裏原系にも影響を与えました。特に、ナンバーナインのフランネルシャツ、通称「ネルシャツ」が若者の間に拡大。アメリカのシュプリームのフランネルシャツも定番人気商品の1つです。フランネルシャツは、今までの異なる素材も加えながら、それぞれのブランドのアイコン的存在となって現在にいたります。

いかがだったでしょうか?いわゆるネルシャツといえばアメカジ。だから起源はアメリカでしょう、と思った方もいるかもしれませんが、カーハートの創業者が伝えるまでは、まだ存在してなかったということなんですね。マテリアルの部分だけ見ると、こういう流れはなかなか見えてこない。お勉強になりました。

【via】highsnobiety.com

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